自衛官のため軍事裁判所必要、首相の率直な考え国民に伝達を
自民党は政治資金問題の濁流が荒れ狂い、最大勢力だった安倍派を筆頭に、多くの派閥が解散した。一方、浜田靖一衆院議員(当選11回、千葉12区)は長年、まるでどこ吹く風だというように、無派閥を貫いてきた。それでいて、防衛相、党国対委員長にそれぞれ2度就くなど、要職を歴任してきた稀有な一人である。筋を通す流儀と、潔い人物像。これらは、いつの時代も人心を得る条件なのだ。
防衛相在任中は、海賊対処法成立や北朝鮮ミサイルに対する破壊措置命令、いわゆる「防衛3文書」改定など、多くの重要案件に取り組んだ。トランプ米政権下の国際秩序は不透明さを増し、日米同盟の費用対効果までもが「ディール」の範疇となり得る。日本に突き付けられた重い課題に対し、忌憚なく、本質に迫ってくれた。
聞き手:政策ニュース.jp編集部
インタビューは2025年7月1日に行いました
43.5兆円
― 2022年当時の防衛相として「防衛3文書」の改定を成し遂げた。
(浜田靖一氏)2022年11月、当時の岸田文雄首相が、防衛相を務めていた私と、鈴木俊一財務相に対し、5年以内に防衛力を抜本的に強化し、防衛費を国内総生産(GDP)比で現行の1%程度から2%に引き上げるよう指示した。
岸田内閣は同年12月に「国家安全保障戦略」「防衛計画の大綱」「中期防衛力整備計画」のいわゆる防衛3文書を改定。それを担保するため、23~27年度の5年間で防衛費を総額43.5兆円とすることを決定した。
この防衛費増額の背景には、近年の安全保障環境の急激な変化があった。世界情勢が大きく変わろうとしていたわけだ。中国の軍事的台頭に加え、当時は特に、北朝鮮のミサイル発射の頻度が増加したほか、ロシアによるウクライナ侵攻もあった。
ドローンから宇宙まで
― あらゆる面で、変化はますます加速している。
(浜田氏)トランプ米政権は日本に対し、防衛費をGDP比5%まで持っていくことを要求した。当時では想像し得なかった状況が、目の前に迫っている。力によって秩序を変えようとする勢力が出てくる中、「日本の防衛は一体どうなっているのか」という課題を突き付けられたということだ。
しかし、例えば、迎撃ミサイルの増強など、日本も従前、多様な観点から態勢整備に努めてきた。GDP比2%まで予算を伸ばし、予算をうまく使って防衛をより良いものにしていくという転換点にあったことも事実だ。
ところが、世の中はそれでも追いつかないほどのスピードで物事が進んでいる。日本を取り巻く安全保障環境の変化は激しさを増し、新たに必要なものも見えてきた。例えば、ドローン、無人機などだ。
また、情報の操作によって相手をかく乱する戦術も取り入れられる時代になった。それどころか、防衛は宇宙領域にも及んでいる。足りないものは開発するなどして、こうした変化に対応することは必要だ。ただ、どこまでも防衛費を増やせるわけではない。
一方、24年10月に発足した石破内閣は、自衛官の処遇改善に着手した。このように非常に基本的な課題から、根幹ともいえる装備、それから外交的な問題まで、取り組むべき事項は枚挙にいとまがない。どのように国を守っていくのか。責任を持った議論をしっかり行い、国民の皆様にご理解を頂かねばならないと考えている。
軍事と民生のデュアルユース
― 防衛装備に関する課題について。
(浜田氏)ミサイル、迎撃能力などは態勢構築を順次進めてきた。サイバー防衛についても、先の通常国会で「能動的サイバー防御関連法」が成立した。現在、ドローンは、開発において中国が圧倒的にリードしている。戦争状態にあるロシアとウクライナの間では使用がかなり増えている。ウクライナもかなりの数を導入している。
これに対し、日本が遅れを取っているのは否めない。精力的に開発を進める必要がある。比較的安価で多くの台数を製造できるため、費用対効果がいいという特徴がある。
防衛予算は増えており、ドローンにとどまらず、研究分野を新たに広げ、開発に取り組むべきだ。防衛装備は、武器という側面があるが、民生品にデュアルユースできるものが多い。民間とタイアップして研究開発を加速することが求められる。
正々堂々と国益の説明を
― 日本の安全保障政策は、歴史的経緯が大きく影響してきた。
(浜田氏)日本は常に過去の歴史に基づく中で、争いを解決する手段として武力を使わないと、ずっと言ってきた。しかし、現実の世界では実際にさまざまな紛争が起きている。日本は板挟みになるなどして、乗り越えるのが難しいところがあったのも事実だ。こうしたことを解決するには、やはり、正しい情報を発信していくことが重要になる。そうすると、やはり外交をうまく進めることが必要だという話に行き着く。
日本は米国と同盟関係にある。しかし、米国に対しても、わが国の立場を明確に伝えるため、言うべきことは、はっきり言うべきだ。そして、わが国の国益とはどのようなものであるかを説明していくことが、非常に重要だと思っている。過去、日本は敗戦国として、核兵器の使用を受けた国でもある。その意味で、戦いというものを認めるわけにはいかないというのが、基本的な姿勢だ。
― 防衛における日本独自の立場を明確に示すべきだと。
(浜田氏)現在、国際社会において、力によって現状を変更させようとする国が台頭してきている。しかし、あくまで武力ではなく、対話によって秩序を取り戻していくことこそが、日本の基本方針だと明確にすることが重要だ。これは、単なるきれいごとではない。あらゆる国に対して、正々堂々と述べていくべきだ。
場合によっては、米国に自制を促すことも必要だと思う。ただ、これと並行して必要なのは、わが国の防衛手段としての、自衛隊の在り方というものを、もう一度しっかりと考え直していくことだ。
憲法改正による軍事裁判所設置
― 自衛隊の在り方を考え直すとは。
(浜田氏)武力ではなく、対話によって問題を解決するというわが国の基本姿勢は、国民の皆様方には理解していただいていると思う。しかし、日本が戦いを望まなくても、それを理解せずに、国境を越えて日本に侵攻してくる国が出てくる可能性がある。
そのためには、やはり防衛のために戦うことは否定できない。わが国の国益と尊厳を守るためには、やむを得ず戦わざるを得ない場合があるということだ。そのための備えはしておかなければならない。
武器といった防衛装備など、お金を出せば買えるもので備えることはできる。しかし、われわれの気持ちを代弁して戦ってくれる自衛隊の立ち位置をもっと明確にすることが求められる。これは、守るための戦いにおいて、必要不可欠なことだ。
― 具体的には、どのようなことが求められるのか。
(浜田氏)やはり憲法改正は必要なことだと思う。それは、実際の防衛力に関する条項だけではない。一般の裁判所ではなく、やはり軍事裁判所を持てるように憲法を改正しなければならない。日本国憲法第76条の「特別裁判所の禁止」規定により、現行では軍事裁判所を設置できない。軍事裁判所は一般的に、通常の刑法ではなく特別刑法に基づき、主に非公開による審理で現役の軍人を裁くものだ。自衛官の皆さんが己を厳しく律するため、民間ではない裁判を行うことができる体制をつくることは重要だ。
中国、ロシア、北朝鮮…
― 日本を取り巻く安全保障環境は厳しい。
(浜田氏)中国、ロシア、北朝鮮といった独裁的な力を持った国々が台頭してきたのは、非常に悩ましいところだ。しかも、われわれの国と大変近いところに存在している。中国は、非常に大きな力を持っており、世界のさまざまな場所で圧迫を加えている。北朝鮮は、現時点では日本にミサイルがあまり飛んできていないが、私が2度目の防衛相だった頃には50発以上のミサイルが飛来する状況であった。ロシアは国連安全保障理事会常任理事国であるにもかかわらず、ウクライナに侵攻しており、これは通常の状況ではないことは間違いない。
― どのように対応すべきか。
(浜田氏)決して軍事で対抗するということではなくて、やはり話し合いを持って和らげていくということが基本だ。また、一つの枠組みをつくらなければならないと思っている。東南アジア諸国連合(ASEAN)の国々との関係を含め、戦いではなく、お互いの仲間うちでしっかり対話しながらブレーキを掛けていく取り組みが重要になってくる。
また、やはり台湾との関係というのは非常に重要だ。台湾海峡の問題も含め、わが国にとって大きな影響を与える地域でもある。貿易立国の日本として、その地域の平和と安定というのは絶対的に必要な条件となる。しっかりとしたチャンネルをつくり、対話を重ねることができるような体制構築が不可欠だ。
1
2